010 原因不明の抑うつ状態 男子高校生USさん
【電話相談】
US君のお母さんから電話相談があったのは、夏休みに入る7月初め頃でした。
6/10に熱を出してそれ以降2週間ほど学校を休んでいたのですが、その間全身発疹と下痢があったそうです。ところが治っても学校へ行こうとしません。「休みすぎて行きづらい」というのだそうです。
私は「何か対人関係のストレスについてUS君から聞いたことはありませんか?」とお母さんに尋ねましたが、はっきりした情報は得られませんでした。
しかし、ひとつだけヒントが与えられました。US君は中学から野球部で頑張っていたそうなのですが、1年生の後半からやる気がなくなってきているのがわかったそうです。
私は身体の症状とやる気のなさから考えて、野球部でいじめか、それに類することがあったのではないか、と推測しました。お母さんもいじめを疑い、一度尋ねたことがあったらしいのですが、尋ねると「お母さんは何もわかっていない」と泣くのだそうです。
結局何があったのかはお母さんにはわかりませんでした。
☆これも不登校の一つの典型です。病気になって休む。しばらく休み、治ったが行こうとしない。理由を尋ねると、"わからない"か、取って付けたような答えがグダグダと返ってくる。
あなたにはその裏でうごめくものが感じられますか?☆
【1回目カウンセリング】
電話相談から約2週間後、US君とお母さんがカウンセリングに見えられました。お母さんは優しそうで、愛情深い感じがあります。
US君は今風のファッションです。緊張したような、死んだような表情です。心ここにあらず、と見てとれます。
新井「さあ、始めましょうか。US君、お母さんのお電話で概略の話は聞いたんだけど、あらためてUS君から、いつ頃からどんな風に学校へ行けなくなったのか、僕に教えてくれますか?」
US君「6/10から野球の練習がきつくて、体調崩して休んで。その前に一回足首をケガして」
新井「ケガしてたんだ」
US君「練習中も痛くて。痛いだけで楽しくなくなっちゃって」
優しい声で話し出したUS君は、いきなり泣き崩れました。このつらさ、悲しさは男としてよくわかります。しかしケガをしていたとは。
US君「今までずっと・・・野球やってきたから・・・野球から離れたら何していいのか・・・わかんない」
涙声で鼻をすすりながらUS君は語ってくれます。
US君「やめようかとも思ったんですけど・・・本気でやってきたから・・・簡単にあきらめられない・・・」
新井「うん、そうだな...ケガしたら足掻くんだ、本気ほどね...」
何かに本気で賭けてきた男の気持ちです。でも、高校生が持つにはちと重い。
US君「なんで学校行ってんだろう、って思い始めて・・・勉強もできるわけじゃないですからね・・・」
US君は地方の野球の強豪校に通っていました。
まず彼は去年の年末、練習中に変な手のつき方をして親指を骨折していました。復帰まで2ヶ月掛かっています。復帰した途端、今度は足首をやりました。練習中ボールが転がってきて、それを避けるために変な体勢をとったところ、足首を痛めていた、ということです。
足首を痛めて整形外科へ行き、5月末か6月頃には医師は治ったといいました。「痛くなったらまたおいで」といったそうです。
6月から部に復帰。ところが走った時と、雨の日と朝には痛みが出ます。痛みが出るということは治ってないんじゃないか?と私は思うのですが。
ケガをしている間に、元々一軍にいたのが、一番下のチームに落ちてしまいました。この下のチームというのが彼にとっては不満で、"レベルが低い、練習がつまらない、練習時間が少ない、野球したいのにできない"。
そして発熱。2週間休んだ後小康状態に。お母さんが「それくらいなら学校へ行ったら」といい、登校することになったのですが、翌日朝、手と耳に湿疹が。さらには下痢も。翌日病院では問題ないといわれたのですが、湿疹は全身に広がっていました。
1週間経って湿疹は消え始め、お母さんは「学校行きなさい」と言ったのですが、US君は「行くつもりはあったけど休みすぎて行きづらい」と言い出し、そのままズルズル不登校に。
現在の様子は、夜ほとんど眠れず、そのまま朝7時に朝食。お母さんが出勤した後、11時頃まで眠ります。昼はお母さんと一緒に摂りますが、ほとんど食べることができません。体重は5kg落ちたといいます。午後はDVDを見たり、お兄ちゃんとゲームをしたりして過ごします。
ここで、野球部のいじめについて探りを入れます。「野球部にイヤな人はいない?」
ところがこれが全然いないそうです。部員も、監督も。ただ、練習がきついことから、部員から監督への反発はあるそうです。しかし反発程度ならストレスではない。
ならば指を骨折したときに何かキツイ言葉(「何やってんだ、このノロマ!」など)をかけられたのではないか、と疑いましたが、それもなし。足首を痛めたときにもなし。
教室にもいません。先生にもイヤな人物はいないといいます。
対人関係のストレスはないのか?ならば挫折からのうつというのもありえるが...
ここで「そんなワケねーべ、誰かいただろう?」などと突っ込んではなりません。これを探り当てられないのは、子供が意図的に拒否した場合を除き、ゴミカウンセラーの証です。これがないなら、挫折の記憶を取り除くまで。
指の骨折の瞬間の記憶から取り除きます。今でもちょっと痛みがあり、思い出すと今は特に感情はないけど2ヶ月ムダにしてもったいなかったな、と感じられます。骨折した瞬間の場面の映像の記憶の鮮明度はV=9-10、音声の記憶の鮮明度はA=9-10。骨の折れる音だそうです。
映像の点数を聞いてお母さんは「ええ...」とため息を漏らし、A=9-10と聞いて涙を流しました。"骨の折れる音の記憶がそんなに鮮明に残っていたの?それがどれほどこの子を苦しめていたの?私はそれに気づかなかった..."という涙だそうです。
まずは映像の記憶から。トラウマのアルゴリズムを1回行いました。
新井「今、その場面の映像の記憶の鮮明度は何点ですか?」
US君「・・・・・・・全体としては、手をつく瞬間の映像がない感じ」
お母さんは横でうなづきます。もう一度トラウマのアルゴリズムを1回行いました。
新井「今、手を折った場面の映像の記憶の鮮明度は何点ですか?」
しかしUS君は考え込み、返事がなかったので、「今思い出される映像はどんな映像かな?」と質問を変えると、「ぼんやり、薄い。色も薄い。輪郭もハッキリしない」。
ここで私は2人に"今何をやっているのか、その意味と目的は何か"を説明し、さらにトラウマのアルゴリズムを続けます。すると、「校庭とゴールしかない。他のは思い出せない」。もう一度行うと、「校庭とゴールはあるけど、骨折した時の記憶かどうかわからない」。
今、骨折の音の記憶は?「音っていうより言葉みたい。ポンっていう音とギシっていう音を足して2で割ったような感じ」といい、リアリティーがなくなってきていました。音のリアル度で表わしてもらうと、A=2-3になっていました。
トラウマのアルゴリズムをさらに1回行うと、A=0に。「ポンになって、生々しさがなくなった」。もう一度トラウマのアルゴリズムを行うと、「わからなくなった」。
痛覚の記憶は、今は0になっていました。
「2ヶ月間トップチームを離れていたつらさや苦しみは?」と聞くと、「特になし」。しかし彼はケガをした直後に、保健室で先生に「指の痛みよりもトップチームを離れる方が痛い」と言ったのです。この記憶も取り除きます。
☆自分がネガティブなことに関わった記憶は徹底的に取り除きます。とにかくストレスフルな記憶は彼の頭から退場してもらいます。感情よりも記憶が重要です。☆
この場面の映像の記憶の鮮明度はV=9-10、音声はA=5。自分の声、セリフです。感情はありません。
映像から取り除きます。トラウマのアルゴリズムを1回行うと、「あんまり変わらない」。
もう一度行うと「若干ぼやけた」。
さらにもう一度行うと、相当時間があいてから返事が返ってきました。「ぼやけてきた。自分の周囲1mくらいだけしか見えない。点数は5-6」。
もう一度行うとまた時間があいてから「ぼやける。ベッドと自分がまだ残っている」。
ここでUS君の目が泳ぎ、明らかに眠そうなので睡眠休憩を入れます。子供が前夜眠れなかったりすると、眠気はてきめんです。その間お母さんと色々お話をしながら、彼の目覚めを待ちます。30分強で彼は起き、再開。
新井「さあ再開しましょうか。今、保健室の場面を思い出すとどうなっている?」
US君「ぼんやり、なんとなく」
点数で表すとV=3-4。
トラウマのアルゴリズムを行うと、「自分がいない。保健室の風景だけ」。これでいいのです。挫折した自分の姿の記憶が一番ストレスです。
もう一度。「保健室の風景もだんだんぼやけてきた」
もう一度。「ぼやけている。白っぽくなっている。V=1-2」
もう一度。「かなり白い。扉だけ残っている」
もう一度。「だいぶ消えた」
US君はまた眼がグラグラし出したので睡眠休憩にすぐうつりましたが、眠りから覚めても彼に疲れが見えました。彼自身も「疲れた...」と伝えてくれました。
本当は足首損傷の記憶までクリーンにしておきたかったのですが、疲れている子にカウンセリングを強行すると次から受けてくれなくなります。ここで1回目のカウンセリングは終了にしました。
ちなみにお母さんに「ああしなさい」などのアドバイスは一切なしです。
しかし本当に挫折の記憶だけで不登校になるのか。私は疑問を持ったまま次のカウンセリングを迎えました。
【2回目カウンセリング】
10日後、2回目のカウンセリングです。前回からの変化を尋ねます。するとお母さんが息を弾ませて教えて下さいました。
1回目のカウンセリング後、翌日にUS君は「服が欲しい」といってネットで注文したり、同居している祖母から「全然顔つきが変わった」と言われたそうです。2日後から、お母さんが先生からもらってきた夏休みの宿題を始めました。毎日勉強しているそうです。さらに食欲が戻りつつあり、夜眠れるようになったということです。
お母さんは話を続けます。「担任の先生もそういう不登校の子を見ていらっしゃって、"なんで行けないのか、それもわからない子がほとんどです。なので理由がきちんとわかったというのがすごい"って言ってくださってますね」
新井「高校生で不登校になるのは対人関係のストレスが原因であることがほとんどです。本人に"なんで?"って聞くからわからないんです。子供って対人関係のストレスという概念をもっていないでしょう?人間は自分が分かる言葉でしか話せませんから、"なんでかよくわかんない、勉強がヤだから、学校がつまらないから"とか、自分が知っている言葉でつじつまの合うように話すんですよ」
無論、対人関係のストレスと現在の不調との相関関係がわからない、という側面もありますし、他人のことを悪く言わず、全部自分で背負い込む子もいます。
今回は足首を痛めた時のことを扱います。憶えている記憶を聴き出すと、痛めた瞬間の記憶は"イテー"という感じ。そして翌日病院へ行った時の記憶があります。
痛めた瞬間の記憶を思い出すと、映像の記憶の鮮明度はV=9-10。これもやはりかなり鮮明です。そして思い出すと出てくる感情は「誰が転がしたかわからないけどムカつく」。ムカつきの強さはD=5。
まずはムカつきの感情から取り除きます。トラウマのアルゴリズムを3回繰り返してD=0に。
次に映像です。この場面は自分の姿を後ろから見ることができるそうです。トラウマのアルゴリズムを同じく3回繰り返して0に。彼は点数低下を「ガッポリ抜けた」と、面白い表現をしてくれました。
痛みの感覚は思い出せません。
これが当日の記憶です。
翌朝痛み出したので病院へ行くと「こりゃ腱だな」と医師はすぐに診断を下しました。US君は無言で聞いていたそうです。そして「1ヶ月は固定」と告げます。
この記憶を思い出すと感情は「特になし」。
医師の診察の場面の映像の記憶の鮮明度はV=9-10。医師との会話の音声の記憶の鮮明度はA=5-6。感情がないので映像から取り除きます。トラウマのアルゴリズムを2回繰り返して0に。音声は3回繰り返して0に。音声とともにセリフもなくなった、といいます。
その日の病院で、他に思い出せる場面はもうありません。その日は午前に病院、午後に試合があったそうです。試合会場にたどり着くまでの記憶を取り除こうとしたのですが、これはなくなりませんでした。特にストレスの記憶ではないからかもしれません。さほどストレスフルな記憶とも思えなかったので、徹底的にやらず飛ばします。
次の日から医師に「治った」と言われるまでに憶えている出来事を探ります。部活にはちゃんと出て、上半身のトレーニングは続けていました。くさらずにトレーニングはしていた、といいます。
おや?
☆なにがおかしいか、あなたは気づきますか?☆*1)
ただ、彼には練習より試合のほうが好きで楽しく感じられていました。
ちょうどその時期に、「遅刻で怒られた部員がいたので、自分たちの学年は朝6:30から集まって筋トレをし出した、でも筋トレはそんなに長時間やっても意味ないから」と言い出しました。お母さんもUS君の機嫌が悪いと感じていたそうです。
おやおや?
意味ないな、と思いつつ筋トレをしていた場面や自分の姿は憶えてないそうです。
では、ギプスがとれるまでの期間を振り返ると今どんな感情が湧いてくるのか?「・・・ムダが多かった。1年生のトレーニングの面倒も見なきゃいけなかった。面倒くさかった。」
おやおやおや?
新井「面倒くさいってどういう事?何が具体的に面倒だったの?」
US君「・・・1年生に生意気なのがいてイライラしていた」
アタリ!シッポを掴んだ。逃さない。
しかし下級生だったのか。ウカツでした。
新井「生意気な連中の名前は?」
US君「・・・全体に生意気だったから」
新井「素直に先輩の言う事聞きそうにないな、って感じ?」
US君「言う事は聞くんですけど、生意気っていうか、ズルイ。筋トレやらせるんですけど、オレらは数えてないんですけど、みんなが終わったからやめよ、とか」
この子はこういうズルは嫌いなんです、とお母さんは付け加えます。全部で3-4人はいるようです。
US君「ムリならいいけど、"自分はちゃんとやってますよ"みたいな...」
手抜きするくせにアピールはイッチョマエなんだ。
ここでUS君は涙を流しました。ツカマエタ。US君の脳から引きずり出してやる。
US君は彼らの名前を憶えてなかったので、それぞれA、B、C、D君と名づけ、A君に一番小賢しいムカつくヤツをあてはめてもらいます。
新井「コイツは具体的にどんなことをしました?」
US君「自分が練習に復帰したときにみんなでダッシュしたんですけど、自己申告制なんです。でもダッシュは本当にきついから、"オレ、あと1本ね"とか」
ウソをついたんですね。
新井「この場面を思い出すと、今どんな感情がありますか?」
US君「ムカつく。」
ムカつく感情の強さはD=7。許せない度は懲役10年。その場面の映像の記憶の鮮明度はV=6-7。音声の記憶はなし。
早速ムカつきに対してトラウマのアルゴリズムを3回行ったのですが、D=4から減りません。懲役2-3年。
こういう場合は記憶除去の古さの法則(拙著「不登校セラピー」参照)に従い、さらに過去の記憶の存在を疑います。
新井「最初にA君と出会った場面、あるいは最初にA君が生意気だなって思った場面を思い出して下さい。思い出せる限りでいいです。"コイツ手え抜きやがって..."って最初に思った記憶」
US君は、筋トレの場面を思い出しました。グラウンドで1年生に円陣を組ませて耐久(腕立てで、胸を地面の一番近くに近づけてキープする)をさせている場面で、A君は先輩の目を逃れてヒザをつけたり、胸をつけたりしてズルをしていました。
今思い出すと感情は「セコイ」。これは感情というより評価です。映像の記憶の鮮明度はV=3-4。音声の記憶はなし。そこで映像に対してトラウマのアルゴリズムを1回行いましたが点数は変化なし。
US君によく聞くと、その場面には他のB、C、Dもおり、多分コイツらもズルをしていたと思う、といいます。そこで鎖骨呼吸法に変えて除去を試みます。すると3回で0になりました*2)。このあたりからUS君に眠気が見て取れます。
他にA君に関して憶えている場面を尋ねると、「もう思い出せない」。つまり、ダッシュの場面も一緒になくなった、ということです。
そこでA君の顔、姿を取り除きにかかります。A君の顔の記憶の鮮明度はV=4、声の記憶はありません。映像に対してトラウマのアルゴリズムを2回繰り返して0に。懲役何年?と聞くと、「裁判にかけるのもメンドくさい」。何も感じません。
ここでまたかなり眠気と疲れが見られたので、B、C、Dの残りの3人に関しては次回にまわすとし、ここでカウンセリング終了。
それから1週間後、お母さんからメールをいただきました。(原文そのまま、名前のみ変更)
「新井先生
おはようございます。
先日は、お忙しいところ、ありがとうございました。
次回のお約束の件ですが、USが、「もう行かなくても、大丈夫。」と言って、こちらが、「夏休み明けに学校行けそう?」と、たずねると、「行くよ。」と答えます。
先週のカウンセリング後の、帰りの電車のホームでも同じことを言われたのですが、本人の意識の中で、ふっきれたものがあるのかなと感じています。
無理に連れて行ったほうが、よろしいですか?
それとも、様子を見たほうがよいのでしょうか?
家での様子は、安定しています。」
【3回目カウンセリング】
果たして彼は現れませんでした。お父さんに「挨拶に行ってこい」と言われても行こうとはせず、その理由は言わなかったらしいです。一人でお越し下さったお母さんから状況を伺うことにします。
まず、学校へは行くと言っており、野球部はやめる、とも。やめてアルバイトでもしようかな、と言うのだそうです。
前回私は、「痛みが取れないならここはどうか」と、私が信頼している東京のカイロプラクティック院を紹介しました。ところが紹介した時の彼の顔はあまりうれしそうではなく、"これはもしかして"と思っていたのですが。
家で宿題はちゃんとやっており、この日は朝からプラモデルのバイクを作っているそうです。ちなみにプラモデルに今まで興味はなかったそうです。また、メジャーリーグ選手の絵を描くようになった、笑顔が増えた、とのこと。
大学進学の意志はあるらしいのですが、勉強の基礎ができていないようです。今の高校はほとんどの子が部活をしているということから、私は「彼はもう野球はしないでしょう。2学期から再登校はするでしょうが、転校したいと言い出すかも知れません、もしそう言い出した時の対応をお父さんと話し合っておいて下さい」と、お母さんに申し上げました。
また、対人関係のストレスを与えないよう、親と先生が配慮することもお願いしておきました。
お母さんは、わが子が不登校になって初めて、自分に偏見があることに気づいたそうです。つまり、不登校の子が出る家庭は、やはりどこか問題があるんじゃないか、という先入観や既成概念があったというのです。
お母さんは率直におっしゃって下さいました。自分自身に精神的に弱い部分があり、息子が原因のわからない不登校になって、"こんな私が育てたから"という考えがわいてずいぶん苦しんだ、と。
【結末】
2学期が始まって1ヶ月ぐらい経ってから、お母さんからメールを頂戴しました。(原文そのまま、名前のみ変更)
「新井先生
こんにちは。
その節は、大変お世話になりました。
あれから、どんどん以前の元気な頃の、USに戻っています。
夏休み明け初日は、嫌がる様子もなく、無理をしている様子でもなく、ごくごく普通に、たんたんとした様子で、学校に行きました。
とにかく、私の頭の中は、"初日初日"という言葉が、ぐるぐる状態でしたので、新井先生の「US君がそういうのでしたら、おそらく大丈夫です。」の言葉を信じていましたが、あまりにも、普通の様子で、拍子抜けしたような感じです。
担任の先生も私の周りの親しいお友達も、とにかく驚いています。
夏休み明けから、26日経ち、1日休みました(宿題をするため)が、その他休まずに、元気に学校に行っています。19日と20日は、文化祭で思い出もたくさん出来た事と思います。
行き始めてから、1週間は、緊張しているようでしたが、今は、安心して様子を見られる状態です。
USも、「大丈夫だから。」と言ってくれました。
今回いろんなことを考え、思い、いろいろな経験をさせてもらえました。
新井先生とお会いできたことは、私にとって、USにとっても、言葉では言い尽くせない、忘れられない時間です。
本当にありがとうございました。
これからも、お体にお気をつけて、ご活躍をお祈りします。」
なお私はUS君に「学校へ行きなさい」「元気を出しなさい」などは一切言っていません。お母さんに「こういう言葉がけをしなさい」「こう接しなさい」などのアドバイスもなしです。
【重要ポイント】
・親は問題が起きたときに解決策を求めて素早く行動した。それが効を奏した。
・原因不明の不登校の裏には、対人関係のストレスが潜んでいる。
・本人が直接被害を受けたわけではないことに強い怒りを感じて、不登校の原因となることがある。
・挫折の記憶も、取り除いてしまえば改善に効果的。
・クラブなど真剣に取り組んでいたことは、再登校しても復活しない。
【解説】
*1)復帰に向けてくさらずにトレーニングしていた人間が、なぜうつ的な挫折状態になる?つまり、その間になにかあったということ。
*2)これは記憶除去の人物分離の法則(拙著「不登校セラピー」第五章参照)に反しています。今考えるとヒヤヒヤモノです。




