強いストレスと解離性障害による不登校

強いストレスと解離性障害による不登校 女子中学生SKちゃん 

SKちゃんは2010年6月から12月まで不登校セラピーを行った女子中学生です。

私の中では「もっとも印象深い実例」の一つです。
私ですら不登校の恐ろしさをまざまざと見せつけられ、一つのリファレンス(参照例)となっています。

お母さんに無理を言って、レポートをお願いし、快く引き受けていただきました。

お母さんからいただいたレポートは、私が5W1Hを読者にわかりやすく修正し、改行や行間などを読みやすくした以外は、ほぼ原文のまま掲載させていただきます。


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vol.01 (2010/5/25)


突然、中2の娘SKが学校へ行けなくなる。学校へ行こうとすると悲鳴を出してしゃがみこみ、その場で白目をむいて倒れる。3日目には、ベッドから起き上がれない。

たった3日なのにこのままでは不登校になってしまうと感じて、インターネットで、書店で関連文書を読み漁った。

「要予約」とか「思春期外来はやっていない」とか制限の多い中、精神科を探す。SKも「学校に行けるようになるのなら絶対いく」と受診。

受診後みるみる落ち込みだし、顔色がなくなって「早く家に帰りたい」と漏らす。

それから10日間、家から一歩も出られない。食事もあまり食べない。

私は仕事が休めない日が続き、ベッドで身動きしないSKを置いて出かけるという行為がつらい。

父親は、自分もうつ気味でそれでも仕事に行っているということが頭にあり、SKの学校へ行けない状態が理解できない。「這ってでも行けよ」。

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vol.02 (2010/6/4)

精神科再診療の日。
SKは顔色悪く座り込み「考えても体が動かない。ごめんなさい」と繰り返すのでキャンセル。

SKと話し合い、精神科に並行して不登校支援施設へ相談。相談日に出かけようとしたが動けず、これもキャンセル。母のみで相談することに。

他の手はないかと探すが、本人が家を出られないので、途方に暮れる。

その他、様々な団体に相談したが、 "父親が3年ほどうつ気味のため、家族のために協力することが難しい"ことを話すと、ほとんどの団体に「ご両親のどちらかがうつ状態のご家族は、基本的にお断りしているのです」という返答が。

涙が止まらず半狂乱になる私の状態に「電話相談だけはいつでもしますのでどうぞお気を落とさずに」と、個人的に携帯番号を親切に教えてくださる先生に、少し落ち着きを取り戻す。

私自身がしっかりしないとどうしようもないと思いなおしたころに、新井先生のサイトを見つける。症例を見てここしかないかもと思う。


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vol.03 (2010/6/10)


新井先生に相談の電話。経緯をお話しする。

今までの所では先ず、得意とするもの好きなものは?と聞かれたが、新井先生には「幼年から他人に受け続けたストレスが原因です」とはっきり言われ、思い返す。

...確かにそれまで、習い事の先生、塾の先生、部活の先輩に暴言を受け、学校または塾に行けなくなったことがある。

"クラブの先輩がドアを蹴破った日にSKは泣いて帰ってきた"と新井先生に言うと、「もっと悪口とか暴言はありませんか?」と聞かれ、暴言もあり、悪口は他の先輩にも言っていたことを思い出した。

SKが小学生の時の塾の先生に至っては、教卓を蹴り倒すということもあった。


部活の先輩とのトラブルと並行して、習い事の先生とのトラブルで(私と父親が)SKを責めていたこともあったので、(不登校の原因は)それだと思うと言うと、新井先生は「ストレスはあるかも知れないが、学校に行けなくなっているので、必ず学校に原因があります」とのこと。

"親はどう対応すればいいのでしょうか"と新井先生に尋ねると、

「特に声を掛けることも、特に何かを気にする必要もありません。『親が変われば子が変わる』という幻想を捨ててください。親の言葉で子供の不登校の根本原因が解決する、ということはありえないです」

と言われた。

母が続けていた仕事も「辞める必要はない」とはっきり言っていただいた。

それまで"親が変われば"と支援施設に言われたこともあり、かなり安心する。


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【解説】

次回、いよいよ私がSKちゃんのご自宅へ訪問、カウンセリングを始めようとしますが、思いもよらなかった出来事に遭遇します。

その出来事とは?



vol.04 (2010/6/19)

新井先生、訪問日。

新井先生が到着する直前に自室に閉じこもり寝てしまい、先生とご挨拶もできない。先生がお帰りになるとすぐに起きてきて、寝てなかったかのようにする。あまりの無礼さに腹立たしい。

「22日(次回カウンセリング予定日)は絶対話をする。今も話をしに行こうかと思って、起き上がろうとしても起きられなかったんだ」とSKは言う。

いろいろ考えていても、体が言うことを聞かないことを嘆くので、「次回は挨拶だけでもできればいいね」と先生がおっしゃっていたよと伝える。

私の「ディズニーランドには行けるのに、他は何もできないでいいのでしょうか」の問いに「好きなことはできるのだからいいじゃないですか」と新井先生。



【解説】

これがよくあるパターンです。

前日までカウンセリングを受ける気マンマンだったのが、当日の朝になると顔色が優れず、開始時間が近づくにつれ落ち着きがなくなり、徐々に不安に襲われ、体調も精神状態も、ドンドン落ち始める...

SKちゃんのお母さんがおっしゃるには、SKちゃんは

「いつもは人に失礼なことをするのをとても嫌がる子です。
人に対して失礼なことを言ったりしたり人の容姿をとやかく言う人をとても嫌悪しています。
それなのにああいう態度をとることでもっと自己嫌悪に陥るようです。」

そんな子らしいですね。

そんな子ですらカウンセリングを受けることもままならない、それが第一の大きな壁なのです。

なんとかこれを避ける方法、つまり「赤の他人はムリだが、最低限施術者には会える」という状態をもたらす方法はないかと私は思案中です。

さあ、次回の訪問で私は強烈なあるモノを見せられました。

そのあるモノとは?


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vol.05 (2010/6/22)

新井先生訪問日。

ソファーに腰掛けた状態で待つが、呼び鈴が鳴ったと同時に錯乱し、慌てて自室に走っていき、閉じこもる。ドア越しに「出ていけ出ていけ」という低い声が聞こえ、ドアをたたきだす。

他人に対してそんな態度、しかも別人のように凶暴な様子に驚く。

この状態では本人に会えないということで、
・母がTFT協会に行って勉強するか、
・新井先生に母がTFTをしていただき、母が同じようにTFTをSKにする
という先生のご提案に、後者をお願いする。

同じ日、新井先生が私にTFTをしてくださり、今までの焦り不安がウソのように楽になる。新井先生が帰られた後、すぐ先生の本を読み、よく理解していないのにSKにもやってみる。

SK自身がこれまでに幼稚園くらいから覚えている一番古い記憶は、 2歳前後の話で驚く。その後の記憶を聞くと幼稚園、小学生と細かく覚えており、日付まで言い出す始末。

試しに一つやってみると「いやだ!!忘れちゃったじゃん!!」と号泣され、少し恐ろしくなり勝手にやってはいけないと思い、先生の指示を仰ぐことにする。

翌日、SKが朝起きてきて「アイスを買ってくる」と一人で買い物。

あまりにうれしくて新井先生に電話。「すぐに出なくなるでしょうがよく出ましたね」とのこと。

出なくなってしまうのか...

「SKさんにはTFTがよく効くようです。とりあえずはどんどん使ってみてください。まずは過去のSKさんにとって悪質な人間の記憶はすべて除去します」とTFTのやり方を細かく教えていただき、続けていく決心をする。


【解説】

この日のSKちゃんの様子は強烈に印象に残っています。

私とお母さんが話していると、お母さんの携帯にメールを送ってきました。

そのメールの本文はなんと

「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ」



メールを見たお母さんは号泣。私は苦笑。

結局これではどうにもならないと判断し、お母さんにTFTをお教えすることに。

お母さんの幼少期のエグいトラウマの記憶を一つ扱って、それを私がキレイにしつつお教えしてみました。

お母さんにもTFTは抜群に効きました。

「今までの焦り不安がウソのように楽になる」。

やはり幼少期のトラウマの記憶が、精神の不安定さを決めてしまうのです。

それからが母子の苦難の脱出への第一歩となったのです。


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vol.06 (2010/6/25)

最初はわけがわからずに、小6の中学受験の時に受けた塾の先生の「死ね、消えろ、お前には能力がない」などの暴言、教卓をけり倒すなどの暴行をTFTしようとするが、思い出すだけでパニックになり苦しむ。

それでも毎日やっていると、タッピングをした後に面倒そうに「ないない無くなった。」と言って寝てしまうので不審に思い、本当にないと信じたほうがいいのか、面倒なのでないと言っているのか判断がつかないと、新井先生に相談。「本当にないのです」とのこと。こんなにすぐ?と思いつつ、連日、思い出しをする。

幼いころから、お稽古の先生や塾の先生、学校の先生からいろいろストレスを受けていたことが判明。

新井先生に記憶の進め方を聞くと、同じ記憶でも細かく分かれているとのこと。

細かくTFTする記憶が大変な数に増えたが、一つ終わるごとに徐々に家から出ることが増える。

「気分は良くなるけどTFTは嫌いなんだ。」とはっきり言われたが、2週間前には自分の意思を見せなかったので、はっきりいう態度に本当に調子が上がってきているのはわかる。

先生のご提案で、「嫌がるようなら」とTFTを2,3日に1度にする。


【解説】

こういう「思い出すだけでパニックになる」記憶は、除去が相当困難です。

私でも難しいのに、お母さんは本当によくやられたと思います。

それと、TFTの点は「嫌がられる、面倒がられる、億劫」ということです。

この欠点は解消しようがありません。

今は全く簡単な独自技術を開発したのでその心配はありませんのでご安心ください。


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vol.07 (2010/7/7)

SKが「新井先生に家ではなくホテルに来ていただくなら会えるかも」ということで先生に快諾していただき、ホテルで待ち合わせする。

私と先生との会話中ベッドに布団をかぶって寝ていたが、こちらに歩いてきてトイレに。お話はできなかったが先生に顔を見せた。新井先生も「惜しかったですね」。

翌日、「新井先生に来ていただくから甘えるのかも」とのSKの提案で、次回はいわきへ行くことに。
その後TFTを続けてやる。とSKが決心。

このころから散歩を楽しみ、よく笑い、学校の話をよくするようなり、自室にこもってもドアが半開きになるように。その反面「人に何か見られているような気がする」という。


【解説】

このときはあるホテルでカウンセリングしようということになったのですが、お母さんとの話が始まってしばらくするとベッドからSKちゃんが起き上がり、髪をとかしたり(私の方に背を向けて)、身支度をし始め、決心したかのように立ち上がりました。

ついに来たっ。

と思うと、するっと私の前を通り過ぎてシャワールームへ。あらら。。。

本当に惜しかったです。でも着実な前進を感じていました。

ただ、「人に何か見られている気がする」というのは、当時は知らず、今ちょっと気になります。


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SKちゃんとお母さんの苦闘はまだまだ続きます。

でも理想的なんです。
何が理想なのか?

それは、親と子が力を合わせ、かつ何がストレスになっていたのかを自分たちの頭で考え、それを乗り越えようと取り組んでいったことです。


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vol.08 (2010/7/20)

1日1個TFTをできるかできないかのスローペースにイライラもあり、SKの話を聞くのがとても辛い。

SKも同様、思い出すだけでつらいらしい。度重なるカウンセリングのキャンセル、SKの先生への無礼な態度をいけないと思いつつ心の中で責めてしまう。

いわきへ行く朝、学校に行けなくなったときのように、苦しそうに朝の身支度までする。出かける時間になっても座ったまま動けなくて悲鳴を上げ、座ったまま抱えたクッションに突っ伏して寝てしまう。

こうなるのもわかっていたような気がして、もう復学はあきらめようかと思った。

新井先生にキャンセルの電話をした後、戻ったらまだソファーに同じ格好のまま寝ているSKの滑稽な姿を見ていたら「そうか、この子はウソをつける子ではない」と考え直した。

起きるまで待ち、TFT後、「9月には自力で学校に行く。行けなかったら私が馬鹿だったということ。そのときには新井先生に会える気がする。TFTはやるよ。効くんだから少しでもやる」と言う。

幼稚園時代からのストレスの思い出しを繰り返し、一つTFTをする。終わるとやはり気絶するように寝る。その繰り返し。

SKのストレスを挙げると、

遊具に乗って大怪我をしたこと、
失敗したこと、
壊してしまったこと、
他人に怒られたこと、
他の人が怒られていたらそのことで怒られないように懸命に努めた結果、いつもトップでいなくてはいけなくなった。

と細かく、些細なことまでも記憶とともに押しとどめていたことが分かってきた。新井先生に報告。

新井先生より「大変なストレスを抱えて生きてきたのですね。これほど登場人物が多いと、ちゃんと整理しないと進まないと思います」。

その後「SKさん主導ではやらなくなる恐れがあるので2,3日に1回ペースにもどして、かわいそうですが(TFTやカウンセリングをやらないなら)9月にSKさんが自力でいけないことを知ることも大事」と指示していただく。


【解説】

お母さんは私の本「不登校セラピー」を読み込み、自分の頭で考え、どんどん進められました。

本文中のストレスのリストは、私が探し出したモノではありません。私が探し出していたのでは、とてつもない時間がかかってしまいます。

また、親も子も「何がストレスになっていたのか」と改めて自分の頭で整理して、理解することで、「子供に対してこういう言葉や言動、考え方などを伝えたり押しつけたりするのが良くない」と、心底実感することができます。

私が探して私が除去していたのでは、どうも親御さんたちにとっては実感できないモノのようです。

つまり、「親と子が力を合わせて過去の記憶に立ち向かい、それを私がサポートする」。これは一つの理想型です(すべてのケースにおいてではありません)。


それと、SKちゃんのケースでも言えるのが、

「幼少期の記憶が精神の安定性に重大な影響を与える」

ということです。

これは不登校に限らず、うつや精神病などにおいても間違いなく大きな影響があると言えます。

SKちゃんは、グチャグチャで、ストレスに満ちて、鮮明で、と三拍子そろった記憶を大量に抱えて生きてきました。

さぞ生き辛かったと思います。


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vol.09 (2010/7/26)

SKが父親を説得して犬を飼うことに。

ショップで選んだ仔犬が家族で気に入り、即、連れて帰る。犬の散歩を9月から始めるのでそのために朝夕、自身の散歩をするように。

そういう調子のいい時にはTFTをやるように勧めた。TFT後、"映像が逃げる"とか"見えなくなった"とか"今、消えていってる。"と具体的に表現するようになる。

しかし、TFTを続けるうちにSKが腹痛や頭痛を訴えるように。

このころ、理解のない父親の前では気絶したようになり、それをみると父親の機嫌が悪く、私が「それはわざとじゃない、私がいろいろ聞き出したから疲れてるんだ」と言うと、父親自身が自分を責め出して、死にたいと大騒ぎになってしまう。

SKがその父親の様子に、今までに見たことのない舌を突き出し息がとまりそうになる大変なパニックになり、そのまま朝まで寝てしまった。

このままではもう駄目だと思い、父親を新井先生に診てもらおうと決心。

父親を少しずつ説得し出す。


【解説】

おそらく通常の家庭では想像もできないでしょう。しかし、これが不登校の現実です。

これが果たして子供の弱さのせいでしょうか?親の育て方のせいでしょうか?

よくありがちな常識ですが、もう一度この常識を考え直さなくてはいけません。

そして、学校の影響、周囲との関係、家庭環境、親がどのように子に接してきたか、それらが子にどのようにストレスになってきたか、それぞれをゼロベースでよく見つめ直さなければなりません。

私自身も、自分が築き上げてきた「常識」を捨て去らなければなりませんでした。

それにしても、このお父さんの状態は一体...?

うつなのでしょうか、それとも精神不安なのでしょうか。


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お母さんとSKちゃんの苦闘はまだまだ続きます。


vol.10 (2010/8/5)

SKはふさぎこむわけでなく考え込んでいることが多くなり、「学校に行けそうな気がする」と言う日も多くなった。

調子がいいといろいろ挑戦しようとするので、(うまくいかず逆に)調子が悪くなることがある。このころからクラブの先生や生徒と連絡を取ろうとするようになる。

新井先生には記憶の中の細かい場面をTFTするように指導いただく。

幼稚園の頃お金を盗った盗られたのお友達もさることながら、その親たちの対応がSKには理不尽に感じていたらしいこと、習い事(ピアノ)の先生がSK以外の生徒さんの頭を叩いて「どうしてできないのか!」と怒鳴っているところとかを思い出し、母も知らなかったことなので驚く。

特に習い事の先生の記憶は、タッピングの度にのけぞるように大変苦しみながらやることに。習い始めて7年分。たいていはお腹の激痛になり、見ていてつらかった。
新井先生からのメールで、"精神症状が治まったら、まだ残っているストレスの記憶は身体症状として出やすい"などの性質があるらしいと聞く。


【解説】

この2010年8月ごろから、SKちゃんの精神症状はかなり治まりだしました。
SKチャンが見せていた「登校時に失神する、昏睡する」は、精神医学で言う「特定不能の解離性障害」ではないか、と私は思います(医師の診断ではありません)。

この症状を呈する子供は、「汚くストレスフルな記憶を大量に」抱えてしまっています。
同じような症状をもった女子高校生の実例もいつかお出ししようか、どうしようか。

さて、SKちゃんは徐々に「強烈なトラウマ以外の細かいストレスフルな記憶」を、お母さんと一緒に除去し始めました。その数たるや、数百は軽くあったのではないかと思います。

ここに関しては当時の私にもまだ明確な考え(どのような記憶を当たればいいのか)がなく、苦労をおかけしてしまいました。

たびたびお母さんからご相談の電話を受け、どういう状況でどういう症状を起こしたのかをお伺いし、「SKちゃんの症状から類推すると、こういう失敗の記憶はないでしょうか?ああいうことに関して辛い思いをした記憶はないでしょうか?」などとお母さんを通じてSKちゃんに尋ねてもらいました。

すると、そういう場合必ずSKちゃんは「ある」と答え、しかも大量の記憶をしゃべり出すのでその記憶をお母さんが記録してまたタッピングしてもらう。

そういうやり方で進め始めました。

このあたりから徐々に、学校や習いモノ以外の、周囲の人間関係全般のストレスの記憶が出現しだしていたと思います。(これらは不登校の直接の原因ではない)

そういった記憶に対しても私はできるだけシステマティックにやりたかったのですが、当時の私の知識ではなかなかそうも行かず、今から振り返ると少々場当たり的になってしまいました。


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vol.11 (2010/8/18)

よく笑い、口げんかもできるほどSKは元気に。

夏休みなのも手伝ってお友達ともよく出かけ、遊びに来てもらったりするように。パニックになりかけても、自分で気分を落ちつけようと努力するようになった。

このまま9月には戻れるのでは?と錯覚を起こしそうになるが、並行してサポート校に相談。
サポート校の先生に訪問していただくことをお願いして、将来復学するにしても、今の学校以外に転校するか、サポート校に通う、という選択肢もあることをSKに示す。

学校に行けなくなってからチケットを取った観劇に行く。学校に近い会場だったので行けるか不安だったが、通学路を通り、久しぶりに外食。

引き続きお友達とは会うのだが、サポート校の先生には顔も見せない。SKの行動を理解できない父親ともめる。

父親の休みに二人で家にいたら足が痛くて動けなくなったらしく、私が帰ってきてもソファーに寝転んだままだったが、意を決して、

「学校に行けないのは行きたくないからじゃないんだよ。行けないのは体が動かなくなるんだ。わかってください。新井先生に会えないのも同じ感じなんだよ。お願いです。わかってください。」

と父親に訴えた。

このころには1日に2,3個のTFTをこなせるようになる。父親とよく話をするようになる。



【解説】

「学校に行けないのは行きたくないからじゃないんだよ。行けないのは体が動かなくなるんだ。わかってください」

ついに不登校児SKちゃん自身の口からこの言葉が出ました。最も重要な言葉です。


世のすべての人は、不登校児が「健康体なのになぜ身体が動かなくなるのか」が理解できません。

なぜ理解できないのか?

それは、「その事象を正しく理解するためのテンプレート(雛型)が頭の中にないから」です。

そこでむりやり理解するために、自分がわかるテンプレート「怠け」「家庭」「勉強のストレス」「心のエネルギー不足」「母親の育て方」をあてはめてしまいます。

これは、たとえば1000年前の人がてんかん発作を見たら、「脳神経系の異常」などとは誰も思わず、「狐憑き」と考えたことと同じでしょう。

その時代の人には「脳神経系」という医学的テンプレート(概念)は存在しないからです。

ジャングルの未開の部族は、伝染病を「悪霊の仕業」と考えるといわれます。
「病原菌」「ウイルス」というテンプレート(概念)がないから、そう理解するしかないのです。

地震を「プレートテクトニクス」と考えず、「神の怒り」と言い放つ連中もいます。
これは違うか。わかってるくせにねじまげてるね。


私が不登校児から信頼を得やすいのは、「原因と結果」を正確に理解し、子供たちが言いたくても言えなかったことを、私が目の前できちんと言語化して理論的に説明しているから、というのもあると思います。


つい先日も、初めてカウンセリングする親子との間でこんなやりとりがありました。

新井 「...朝起きれないんだよね。起きないんじゃなくて。そういうときに起きろとか言われると、感情がコントロールできなくなるんだよね」
A君 「はい、そうです」
お父さん 「先生、じゃあ怠けじゃないんですか」
新井 「お父さん、そうなんです。怠けじゃないんです」

そして私が過去の記憶と睡眠サイクル(起床障害)の関係を説明すると、非常に納得されておられました。

実はお父さんご自身にも小学校高学年の時に同じ経験があり、やはり朝起きにくかったとのこと。当時お父さんは「自分が怠けてるのかな」と思っていたそうです。


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vol.12 (2010/8/28)

SKはTFTをしても声を出して苦しむことは全くなくなり、意欲的にやりたいことを探しだす。
テレビばかりだとよくないと言って、音楽を聞いたり手作業で何かを作ったり、字を書いたり絵をかくことを楽しんでいる。学校の勉強や宿題はできないでいる。

本人は時間が過ぎるのが早くなったと喜んでいた。

このころにはTFTも1日に10個近くできるように。記憶も小5まで進み、順調そうだったのが、今までの記憶に合わせるように別の記憶が出てきて、困る。

新井先生からのお返事に「ストレスが消えていくにつれ別問題が表れてくる」とのこと。SKはそのことも重症だったよう。
別問題には後で対応することにして、今までの不登校を引き起こしている他人からの学校中心の記憶を進める。

思い出し時点で出てきた別問題があまりにつらそうなら、その場でやることになる。細かい指導をいただく。

>SKが「TFTをやるのはとても苦しいんだよ。お母さんにはわからないでしょうね」といいます
と、新井先生に伝えると、

「SKさんに伝えてください。「本当にごめんなさいね。」何とかその苦しさを生まない方法はないものかと考えていますが、今のところ思いつきません。開発者として反省ばかりです。「痛くない注射針」が実際に開発されたように、「苦しくない不登校セラピー」を私はあきらめずにいます。」

と新井先生よりメールをいただく。


【解説】

「苦しくない不登校セラピー」

つまり、

「トラウマの記憶の苦しくない除去」

は、私の夢でした。
別にTFTが悪いんじゃありません。

ではなぜ苦しくなるのか?

その後の研究によって、これは、記憶の扱い方にちょっとまずい点があって、まずい扱い方で除去を始めると苦しくなる、ということがようやくわかってきました。

さらに正しい順番がある、ということです。

今、不登校セラピーは、少々手間取るものの、かなり苦しくなくなってきて、受ける側には楽になってきました。

「痛くない注射針」ならぬ、「楽な不登校セラピー」です。

さてSKちゃんはいよいよ改善してきました。
「行動の変化」に、改善は如実に表れます。お子さんのこういう姿を見ると、親御さんにも明るい希望が見えてきます。
そして9月からの登校に気持ちが向かっているようですが...

さあ、どうなるのでしょうか?

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vol.13 (2010/9/某日)

9月の始業日。

まだTFT材料もたくさん残ったままなのに、SKは当日、制服にすっかり着替え、時間には「行ってきます!」と出て行ったので、口を出す暇もなかったが、無理だと思っていたら案の定20分ほどで帰ってきて号泣。

「どうしても行けなかったのは私が怠けてるからだ」とあまりに嘆くので私も困ってしまい、TFTするにも何から始めればいいのかわからず、新井先生に思わずお電話してしまう。

その後は落ち着いて、怠けものではないということを新井先生のお話でわかったよとSKに伝え、もう一度、新井先生にお会いしてとにかくよくなろう。と説得。家庭でのTFTは意欲的にこなす。


【新井解説】

SKちゃんはついに9月某日に登校を試みますが、惜しいところで引き返してしまいます。
行く気満々なのに、なぜ引き返してしまうのか?

それは、まだまだ「過去の記憶の鎖」に縛られているからです。
だから記憶は怖ろしいのです。
怖ろしいほどの力がある。
人間の精神・身体・知性・行動を、根底から変えてしまう力がある。負の方向に。

しかも「怠けているからだ」と勘違いしてしまう。
みなさんも「本当の原因は何か」をよく考えていてください。

(続く)

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(2010/9/9)

新井先生訪問日。

前回までとは確実に違って、自室でこちらに来ようかと、ウロウロする姿が見えたが、先生とはお会いできなかった。

先生には、父親にもカウンセリングを受けさせたいとの相談をする。

SKのTFT*)は10個近くをやり、調子はいい。自己分析もどんどんできるようになり、今の感情をうまく私に伝えることができるようになる。その中で今までとは違う新たなストレスが出てきて課題が増える。

父親にカウンセリングの説得が進み、SKのTFTをしている姿も良くなっていく姿も見ていたので、やってみるという感情が出てきたらしい。

父親と彼の記憶の話をすると、大変恐ろしかったであろう記憶が出てきて、驚き、新井先生に相談。

新井先生からは「"あなたのために"と言うとやらないけれど、"私たちのためにやって"と言うとうまくいくかも」と教えていただき、そのように誘導する。



(2010/9/16)

SKのストレスに感じる対象が50人を超えてきて、

"親としてSKをなんという環境に置いていたのか。ストレスから逃げることはできないが、ストレスを逃す術を与えてあげられるのは親しかいないのに"

と、反省し通し。

親は変わる必要はないと新井先生は言われたが、一緒にTFTを続けるうちに、SKがどのように感じ、どのように学校や塾、習い事の教室で過ごしてきたかということがつぶさに分かって、徐々に母となりも変わってきたように思う。

SKはTFTでストレスを逃すと同じストレスには強くなれるようで、未だに歩いていると知らない人に声をかけられたりするのだが、平気で返答をするように。犬の病院でもはきはきと受け答え。あんなにTFTで苦労した習い事を家で3カ月ぶりにやる。

この日、サポート校の先生の訪問にSKは泣きだしたものの、タオルで隠した顔は見せることはできなかったが泣きながら

「私は学校に行くことの次に人に会うことができません。当分、会えません。ごめんなさい」

と言う。

今まで人に対してはっきりとマイナスの表現をできなかったので、「会えません」と言ったときには驚いた。

その日、「明日学校に連れてって。」と言ってからすぐに顔が曇り、「やっぱり声に出したらダメみたい。でもあの先生に会えないと言えたのはTFTをやったからだ」と言う。

その後、疲れが出たのか機嫌が悪く、話さないで部屋に閉じこもったSKを、主人がひっぱり出してもめだしたが、今までと違い、「TFTはやるよ」。

父親もその声に買い物に出かけるという気遣いを見せてくれ、SKとTFTをする。

どうやろうかと思ってPCを眺めていたら「書いてあるのを端からやろうよ。全部消してから思い出すこともあるかもしれないし」とSK本人が提案してきた。


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(新井解説)


SKちゃんは目鼻立ちのハッキリしたハーフのような美少女故か、外を出歩いているとなぜかしょっちゅう知らないオジサンに声をかけられ、「これあげるよ」といきなりアメをもらうようなこともしばしば、だったそうです。

しかも学校でも、クラスメートの男子から「SKはおれのモノだ」とみんなの前で言われたり。これは半分冗談めかしていたようですが。

そういった記憶も、外出を阻むストレスになっていたことと思います。


こうして文章にすると、SKちゃんの改善具合がつぶさにわかります。
・ハキハキ受け答え
・感情をきちんと表現し、そのために自分はこうする、とハッキリ言明する
・ストレス除去にポジティブに取り組み始める

それに呼応するかのように、お母さんの考えも深まり、気づきが増えてゆく。

まさしくすべてがかみ合い、好転の歯車が回り始めました。



さて、お父さんの幼い頃の「大変怖ろしかったであろう記憶」のことは、お母さんからメールで教えていただきました。

そのメールの文面を読んだとき、我が目を疑いました。

「現代社会でこんなひどいことがありえるのか?信じられない...」

私はこれまで集団リンチや性犯罪、暴力など凄惨なトラウマを何度も治療してきましたが、そういった暴力的なトラウマとは全く異質な、どう表現して良いのかわからないほど猟奇的だったのです。

(この話はお母さんも本当かどうか疑い、お父さんご自身も「なんで今思いだしたんだ?7歳の頃、本当にこんなことがあったのか?おれは嘘をついているのか?」と真剣に悩んでしまったそうです。)

そしてメールを読んだだけでそのイメージの情景が私の頭から離れなくなり、不快感に襲われ始め、これはまずいと思った私は、自分自身にトラウマ治療を行いました。

お母さんからのメールを読んだ場面の、映像の記憶を除去したのです。
メールの文面、
メールソフトの画面、
パソコンの画面、
その場の風景...
すべての映像の記憶です。

これで不快感が消え、普通にメールを読むことができました。

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これがトラウマの治療の最も良いやり方です。
不快感よりも先に、それを生んだ根本原因、つまりメールを読んだときの記憶に焦点を当てるのです。
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それにしても、「もし幼い子供がこんな情景を眼にしてしまったら、精神の成長にどれほど悪影響があるだろう」と思わざるを得ず、

また、「こんな記憶をお父さんが抱えて生きてきたのなら、そりゃ今のようなうつ状態になっても、全くおかしくない」とも考えました。

そして、その日のうちに、お母さんがインストラクター役となって、お父さんにその記憶の除去を試みたそうです。

しかもその記憶を思い出しただけでお父さんは大変な苦しみようで、「こわい、苦しい」を連発するような状態。

残念ながら夜遅くなってしまい、その日のうちには恐怖感などすべての点数をゼロにすることはできなかったそうですが、

お母さんによると

「朝起きた時に、"まだある?"と聞いたら
あるよ!と元気がよく答えられて、
だけど もう全然怖くない。と言うので私の方がびっくりして。。。」

だったそうです(笑)。

これ以降、うつ状態で出社拒否寸前だったお父さんも、ドンドン変化していきます。
お母さんが驚くような「自発的な行動の改善」を見せ始めるのです。

後に、一度だけ私がお父さんを直接カウンセリングさせていただくことになりますが、その話は次回にさせていただきましょう。


*)現在はTFTではなく、シンプルで簡単な「五感変容メソッド」を使っています。五感変容メソッドは、TFTの複雑で憶えにくく取っつきにくいという問題点を解消した方法ですので、ご安心ください。

(続く)