極度の対人恐怖と人間嫌悪による不登校:第一因子編
(極度の対人恐怖と人間嫌悪による不登校:第一因子編)
お母さんは「今まで何を言っても〝......〟とうなだれて返事もできなかったのが、初回カウンセリング後、初めて〝○○はイヤ〟とハッキリ意思表示をしたんです。〝あ、この子は変わる〟と感じて、〝頑張って受け続けよう。よくなるから。〟とDKを励まし続けました」。
DKちゃんはお母さんの言葉には素直に耳を傾け、反抗しませんでした。
2回目のカウンセリングでは不登校のピラミッドを描き、なぜ今の状態が起きたのかを構造的にわかりやすく説明しました。DKちゃんは後に「あのときの説明はちゃんと理解できましたよ」と言ってくれました。
それから8月半ばまでの間の改善は一進一退。非常にスローペースでした。頭痛、腹痛をたびたび引き起こし、そのつど中断し休憩を入れ、時にTFTの技術で直接除去し、タッピングで2時間近く眠るので、折りたたみのリクライニングチェアを私が持参するようになり......。
3回目のあたりから眼に光と輝きが戻り、顔の可愛さが引き立つように。そして7~8回目のカウンセリングから、お母さんに連れられてほんのわずかずつ学校へ行くことができるようになりました。といってもまだまだ人を怖がり、おびえながら保健室でわずかな時間を過ごすか、吹奏楽部で練習して即帰ってくる、という程度。
10回目のカウンセリングあたりから、お母さんがいなくてもひとりでバスに乗り、登校を開始。しかし学校ではまだまだダメ。教室には入れません。
教室には非常に悪質な男子のいじめっ子2人がおり、DKちゃんを特に徹底的に攻撃してくるのです。先生から注意されるといじめた子を逆恨みする(「オマエがチクったからだ」)ので手に負えません。
DKちゃんの支えは吹奏の夏のコンクールです。彼女の楽器はベース(弦バス)。彼女が欠けると困るので、顧問の先生からも復帰の誘いがあったようです。結局お母さん、保健の先生、私の間で「教室には入らなくとも保健室登校でよい」と一致。
夏のあたりで、DKちゃんのカウンセリングの進みが遅いことを私が気にし出しました。元来の目論見は、年内にすべての記憶除去を終えることだったのです。
そこでさまざまな方法の検証をDKちゃんのカウンセリングで行い、現在の記憶除去の法則と具体的な技法の基礎を完成させました。
そして小学生時代の記憶除去を中断し、幼稚園時代に戻ってストレスを洗い出すことにしました。お母さんによると、DKちゃんは幼稚園時代にすでに「ヤダ、行きたくない」があったそうです。ここを洗い出すと予想通りかなりのストレスが。幼稚園時代に強いストレスを受けた子は、後に深刻な状態になる可能性が高いと言えるでしょう。
10月ぐらいに幼稚園時代の記憶のクリーニングを終え、再び小学生時代の記憶にとりかかります。このころからDKちゃんは市の運営する「チャレンジホーム」というフリースクールのような施設へ行き始めました。
よい友だちができたようですが、ここでもロクでもない男子に遭い、ストレスを受けてしまいました。もちろんそれは私がすぐに除去したのですが。
そしてやっと11月末に小学生時代を終え、中学生時代に。中学で彼女にストレスを与えた人間をひと通り書き出します。すると中学の3年間で彼女にストレスを与えたり、傷つけた人間はなんと33人にも。先生も3人含まれます。
でもやるしかありません。彼女に最適な方法は、記憶をキレイにしてあげること。どんなに時間がかかっても、一つ一つ取り除いてあげます。勇気づけたり励ますのはその後です。
実はDKちゃんはある著名な心理学教授のSCを受けていましたが、全く進展がなくかなり以前にやめていました。リソース(可能性や能力)探しもムダ。リソースは記憶がキレイになると自然に発動します。汚い記憶が子どもの輝きを奪うのです。
DKちゃんはベースのレッスンだけは休まず続けており、この頃には音楽への志向を明確にし始め、音大受験や音楽で身を立てる夢をしばしば話しています。後に彼女は「音楽だけはあきらめたくない」と言いました。
この11月頃には人間嫌悪と対人恐怖はかなり薄れていました。また年末には学校に対する抵抗感が薄れてきたことを実感しています。なお私はまだ彼女の対人恐怖は直接消していません。
私はこの頃にDKちゃんの吹奏楽部のサヨナラコンサートを私の娘と聴きに行きました。市の音楽館大ホールで、大勢の聴衆を前に堂々とベースソロを披露。ちなみにかなり上手。以前ならこんな大勢の前での演奏はもちろん、ホールに居ることすらできなかったでしょう。
そして行動も、部活のラストパーティーに出るなど、改善を見せていました。しかし勉強はまだ手につかず、教室にはまだ入れません。まだ不安定な面があり、外乱によってすぐ落ち込むことも。ただ落ち込んでも、5月のような常に何かに怯えているような状態にはもう戻りません。身体は、タッピング後の睡眠が減り、頭痛腹痛はほとんど起こさなくなりました。以前は毎回2時間以上眠っていたのが、1時間以下に。
1月年始には学校の実力テストと塾のテストを受けました。学校のテストは1年ぶりで、お母さんによると「テスト漬けだったけど特に悪影響はありませんでした。疲れは見られましたがケラケラしていました」だそうです。
1月半ばには一期で普通高校を受験、見事合格。二期は不登校対応型の高校を受験、これも合格。前者はDKちゃんの精神に壊滅的なダメージを与えた女の子が進学することや、現在の学力、将来の進路などを熟慮の上、後者へ進学することに。
しかし2月に入るとやる気が落ちて学校は再び休み始めました。チャレンジホームは行き続けています。
ところがこの頃にまた変化を見せています。DKちゃんの学年には当然他にも不登校児がいます。その中で彼女が親しかった男の子に私を紹介し、受けさせようとしたこと。彼はある女の子から徹底的な嫌がらせを受け(その一部始終をDKちゃんは知っている)不調をきたし不登校になりました。私なら解決できると実感したのでしょう。残念ながら彼は来ませんでしたが...。
もうひとつは、クラスのいじめヤロウ2人に、怒りや排除の感情を見せ始めたことです。「私が教室に入れないのは、あの2人がいるからだってクラスの人たちに教えたい」「大勢で取り囲んで叱れば反省するんじゃないかな」。
卒業式には自分でタッピングしながらついに教室に短時間入ることに成功。いじめヤロウのうちマシなほうとは挨拶まで交わすほど。春休みはハジけまくり。対人恐怖はほとんど消えました。
最後に数字を出すと、
・幼稚園時代に彼女にストレスを与えた人物は6人、うち1人は先生
・小学校時代に彼女にストレスを与えた人物は13人、うち3人は先生
・中学校時代に彼女にストレスを与えた人物は33人、うち3人は先生 なんて数だ。
特に中1から3年間DKちゃんに「クラスの女子から嫌われてるよ」と吹き込み続け、精神を壊滅させた女子YMちゃんと、中2から言葉の暴力を浴びせてきた2人の男子が特筆されます。小学校時代は最終的に20人以上、中学校時代は40人以上になるでしょう。
また、いじめ系ではないストレスの記憶の悪影響もあらわになってきており(第四章第六段階参照)、その対応も行わなければなりません。
【第一因子編・中学時代結末】
・行動の制限がほぼ完全に外れた。
・精神面の改善は著しい。人をむやみに恐れなくなった。体調も安定。
・中学校時代のストレス除去が間に合わず勉強の気力(意欲)の回復はまだ不十分。また、外乱にはまだ若干弱さを見せる。
高校の入学式の朝。DKちゃんは素晴らしく澄んだ眼から輝きを振りまきながら会場へ向かいました。お母さんは「先生、あの子は最近自分から友だちを遊びに誘うんですよ」。お母さんの言葉が私に温かさを紡ぎ出しました。
【重要ポイント】
「不登校は心の問題だ」という間違った常識を教育者ですら信じ切っていると痛感しました。
特に中学の先生は無理解で、なぜ健康体なのに来られないのか理解できず、DKちゃんが部活に顔を見せるたびに難癖をつけています。甘えじゃないと何度お母さんが説明しても理解不能、「お母さん、僕ならひっぱたきますよ」。
何様のつもりだ?
お母さんは先生方の無神経な対応を嘆いていました。私も何度タメ息をついたか。私がせっかくDKちゃんの調子を上げたのに、落ち込ませる愚行をたびたびされたからです。
なぜ教育の専門家が不登校児に無神経な対応をするのか? 視点が間違っているからです。心という視点で考えると、DKちゃんの行動は甘えか怠け、規律欠如としか理解できず、必ず対応を誤ります。
現代の脳科学はこの考え方を間違いとし、ハッキリ否定しています。『神経科学』という専門書に、精神療法に関して次のような記述があります。(強調は新井てるかず)
「しかし、精神疾患の〝責任(原因)〟が個人の道徳上の問題から幼少期の経験に移ったにもかかわらず、精神療法は、精神疾患が(身体の疾患と対照的に)意志の力のみで克服できるという間違った考え方に力を貸してきた」
私はこの一文に最大級の賛辞を送ります。あなたもこの意味を考えて下さい。DKちゃんの不登校も人間嫌悪も対人恐怖もさまざまな変化も、記憶という視点で考えなければ絶対に理解できません。
*神経科学 西村書店 2007年 p516 不登校を精神疾患と呼ぶことに抵抗があるかも知れないが、文脈上身体疾患の対義語としてさまざまな精神状態の悪化を指しており、不登校を含めても問題ない。 ひとつ建設的な提案を。〝幼少期の経験〟という言葉を、〝幼少期の記憶〟に替えると、より因子が明確になります。
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さて、第一因子については、他にも多種多様にありましたがここまでにします。
彼女は進学した高校でも様々な問題に苦しみます。
その苦しみ方から、私は「もしや...」と尋ねてみました。
すると、予想通り、出てきたのです。
第二因子と第三因子が...。





